LOGIN彼を見送り、買った荷物を片づけていると――
「ママ~! ひなもおてつだいする!」
「じゃあ、お願いしようかな」
「はーい!」
早速私たちは夕食の準備を始めた。陽奈にエプロンをつけて、手を洗わせる。危なくないように私が手を添えながら、材料を切ってもらった。
「ゆっくりね」
「うん!」
「お手々、猫さんにして」
「にゃー」
「ふふっ」
一生懸命な小さな横顔を見ていると、それだけで幸せだった。前の人生の時は、
『ママがやった方が早いから』
そう言って、全部自分でやっていただろう。でも、早ければいいわけじゃない。少しくらい時間がかかってもいい。
こうして陽奈と並んで料理をする時間も、きっと、あっという間に過ぎてしまうから。
もっともっと大切にしよう。この、何気ない1日を。陽奈と過ごす時間を。<そう考えるだけでぞっとした。 もかちゃんは、陽奈が肌身離さず持ち歩いているもの。 ストーカーなら、それを知っていてもおかしくない。「……葵さん?」 真人さんに声をかけられて、はっとした。「あ、ごめんなさい」「大丈夫?」「うん……」 まだ、何もわかったわけじゃない。 偶然かもしれない。 花菱さんが、ただキャラクター好きなだけかもしれない。 でも、大人の男の人がそんなのしょっちゅう見に来て買うものなの? どうして、こんなに気になるんだろう。「サトさん、ありがとうございました」「いえいえ! また陽奈ちゃんと一緒に来てくださいね!」「はい」 私たちは店を出た。「葵さん。花菱は、初めて来たって言ってたよね」「……うん」「でも、実際にはよく通っている常連だった」「そうだね……」「どうして嘘をついたんだろう」 私は首を横に振った。「わからない……」 寄り道をしていたのがバレたから、焦って誤魔化しただけなのかな。「真人さん……」「うん?」「私、花菱さんがもかちゃんを好きだなんて、全然知らなかった」「そうだね」「陽奈も、もかちゃんが大好きなの」「うん。知ってるよ」「だから……なんだか、怖い」 真人さんが私の肩をそっと抱いてくれた。「まだ決めつけない方がいい。でも、気をつけるに越したことはないね」「……うん」「川原にも確認しておくよ。今日の外回り先と、商談が終わった時間を」
「……真人さん」 「うん?」 「私、ひとつ気になることがあるの」 「なに?」 「サトさん――さっきの店員さんなら、花菱さんのことを知ってるかもしれない」 真人さんが少し考える。 「そうか。花菱が本当に初めて来たのか、確認できるかもしれないね」 「うん。聞いてみてもいいかな?」 「もちろん。僕も一緒に行くよ」 私たちは、もう一度リトックへ戻ることにした。 店の外から中を覗く。 花菱さんの姿は……ない。 よかった。 ほっと胸を撫で下ろしていると、サトさんが私たちに気づいて手を振ってくれた。 「あら、相沢さん! お忘れ物ですか?」 「あ、いえ。ちょっと聞きたいことがあって……」 「はい、なんでしょう?」 私は少し迷った。 こんなことを聞いたら、変に思われないかな? でも、気になる。 「あの……さっき、私たちと話していた男性なんですけど、彼のこと、ご存じですか?」 「知っていますよ」 「えっ!?」 思わず声が出た。 「サトさん、あの人をご存じなんですか?」 「もちろんですよ!」 サトさんがにこっと笑う。 「よく来てくださるお客様ですから」 「……よく?」 「はい。しょっちゅう通ってくださってますよ」 「…………」 しょっちゅう? 私は真人さんを見た。 真人さんも驚いたように眉を上げている。 「僕は彼の会社の雇い主になります。ここで聞いたことは内密にしますので、正直に教えていただけませんか。実は彼、営業の外回り中なんですよ。まあ、業務終わりだとは思いますが、ここにはどのくらいの頻度でいらっしゃるんですか?」真人さんがうまく尋ねてくれた。 「そうですねえ。新商品が発売されると、だいたい来てくださいますね」
「店の外に、花菱がいる」「――!」 花菱さんがどうして!?「こっちを見てる。気づいていないふりをして」「……う、うん」 必死で頷いた。 真人さんが私の手を握り直す。「大丈夫。僕がいるから」 その言葉に、なんとか平静を取り戻そうとする。 でも、どうして花菱さんがここにいるの? 今日は外回りだって聞いていたのに。 偶然? それとも、私たちのあとをつけてきた?「……あ」 真人さんが小さく声を漏らした。「どうしたの?」「こっちに来る」「えっ!?」「大丈夫。普通にしていて」 普通にって言われても! こんな状況で普通になんてできないよ! すると、背後から聞き覚えのある声がした。「あれ? 社長じゃないですか!」 ひっ! 思わず肩が跳ねた。「おや、花菱君。奇遇だね」 真人さんは何事もなかったように振り返る。 す、すごい。 さっきまで警戒していたのに、もういつもの社長の顔になっている。「相沢さんも一緒なんですね。こんなところで何してるんですか?」「あ、えっと……」「見てのとおり、買い物だよ」 真人さんが答えてくれた。「へえ。ぬいぐるみですか?」「うん。娘へのプレゼントをね」「娘?」 花菱さんが目を丸くした。 そして、私を見る。「ああ、相沢さんのお子さんですか」「……はい」「そういえば、お二人ってお付き合いされてるんでしたっけ?」「そうだよ」 真人さんが即答した。「今は一緒に暮らしているからね」「へえ……」 花菱さんの視線が、私たちの繋いだ手に落ちる。 なんだろう。 嫌な感じ。「それにしても、相沢さん。最近、社宅で見かけなくなりましたね」「……え?」 どくん。 心臓が跳ねた。「そうなんですか?」「ええ。前は時々お見かけしたんですけど、最近は全然」 花菱さんが笑う。「もしかして、もう社宅には戻らないんですか?」「…………」 え? どうして、そんなことを聞くの? 今日、私の部屋が荒らされていた。 そのことは、まだ会社の人たちには話していない。 それなのに。 どうして今、社宅に戻るかどうかを気にするの?「花菱君」 真人さんが口を開いた。「今日は外回りじゃなかった?」「ええ。ちょうど商談が終わったところでして」「そうなんだ。取引先はこの近く?」「はい。駅の向こ
どうしよう。ものすごく嬉しい。 陽奈のことを、娘って言ってくれた。 ほんの一言なのに、こんなに胸が温かくなるなんて。「それは素敵ですね! かわいくラッピングさせていただきます!!」 サトさんが嬉しそうに笑った。「ありがとうございます。よろしくお願いします」 真人さんも笑顔で答える。 ああ、もう。 なんだか本当に家族みたいじゃない。 もしも、真人さんが本当に陽奈のお父さんだったら……。 朝は3人でご飯を食べて、陽奈を保育園へ送って、それぞれ仕事へ向かう。 夜は一緒に食卓を囲んで、今日あったことを話して。 休日には3人でお出かけしたりして……。「…………」 って、なに考えてるの、私!! いくらなんでも想像が飛躍しすぎ! そもそも、真人さんは期間限定の偽装恋人なんだから。 ストーカーが捕まったら、私たちは元の関係に戻る。それなのに、こんなことばかり考えていたら、別れる時に辛くなっちゃうじゃない。「葵さん」「は、はい!」 真人さんが私の顔を覗き込んでいた。「どうしたの? さっきから考え事ばかりしてるね」「な、なんでもないよ!」「そう?」「うん!」「……僕と一緒に買い物するの、嫌だった?」「えっ!?」 思いがけないことを聞かれて、慌てて首を振った。「そんなことない! すごく楽しいよ!」「本当?」「もちろん! 真人さんと一緒に選べてよかったって思ってる!」 思わず勢いよく答えてしまった。 すると、真人さんが嬉しそ
真人さんは、なんというか――すごく優しい目で私を見てくれていた。 あれ? サトさんが言ったから、そう見えるだけ?「葵さん?」「は、はいっ!」 変な声が出た。「どうしたの?」「な、なんでもない!」「そう?」 真人さんが不思議そうに首を傾げる。 もう! サトさんが変なこと言うから、真人さんの顔をまともに見られなくなっちゃったじゃない! 愛情いっぱいなんて、そんなはずない。 私たちは偽装恋人なんだから。 でも……『他の人はいらない』 昨夜の言葉まで思い出してしまう。 だめだめ! 都合よく考えすぎ! 大体こんな素敵な男性が、シングルマザーの私なんかを好きになってくれるはずがないもの。 そうよ。もっと他に、独身で、綺麗で、若くて素敵な女性はいっぱいいる。「葵さん、これは?」 真人さんが棚から一体のもかちゃんを手に取った。「わあ……!」 白いウェディングドレスを着たもかちゃんだった。 頭には小さなティアラまでついていて、胸元には淡いピンクのリボンが結ばれている。「かわいい……」「陽奈ちゃん、こういうの好きじゃない?」「大好きだと思う!」「じゃあ、これにしようか」「あ、でも……」
「陽奈ちゃんには申し訳ないけど、あのぬいぐるみは警察に提出することになる」「うん……」「新しいものを用意しよう」「それは……そうしたいんだけど、できれば今日、買ってあげたい」 真人さんが私を見る。「あの子、いつもぬいぐるみを抱いて寝るの。急になくなったら、きっと悲しむから」「そっか」「だから、今日……新しいもかちゃんを買ってあげたい。真人さん、お仕事終わったら、一緒に来てくれる?」「わかった」 真人さんが頷く。「実況見分が終わったら、一緒に買いに行こう」「えっ。でも、真人さん仕事が……」「大丈夫」「でも、もう何時間も付き合わせちゃってるし」「僕が行きたいんだ」「真人さん……」「縁あって、期間限定とはいえ家族になったんだから」 にこっと笑う。







